こんにちは。Clareです。
今回は掲題のとおり「ドラゴンテイルと天体のコンジャンクション」について考えてみます。
考えようと思った理由
おもに3つあります。
- これまでのセッションやリーディングにおいて、この配置を持つ事例が比較的多いと感じた
- 身内に何人かこの配置を持っている人がいる
- 自分自身がこの配置を持っている
持っている組み合わせは様々ですが「何かしらで持っている」という人が自分の観測範囲内に多かったというのが理由です。
補足:この記事を書こうとおもった理由
このテーマを考えること自体は、もう年数もわからないくらい何年も続けてきたことだったのですが、記事にまとめなきゃとおもったのはこれがきっかけです。
この旧Twitter(現:X)での何気ない発言に、とてもたくさんの方のご反応をいただいたのです。そして、この数ヶ月後の補足的な発言も同様でした。
補足発言したのが2022年6月9日ですので、もう1年半くらい経過してしまっているのですが…これまでの期間、結構また考えを掘っていました。しかしなかなか手応えを感じるところまでいかず…苦戦を続けていました。
この頃ようやく言葉にできるかもしれないと思い始めたため、キーボードを叩き始めた次第です。
考察をはじめる前に:事前知識
このBlogには、占星術になじみのない方もお越しいただいていますので、まずは今回の考察に出てくる用語などの情報をまとめておきます。
ネイタルチャートとは

それぞれの人が持つ「出生図」のことです。
生年月日 + 時刻、出生地点の情報をもとに作成します。各自異なる図になります。
ドラゴンテイルとは
地球から天空を見ると、太陽が通る軌道(黄道)と月が通る軌道(白道)が存在するように見えます。
黄道と白道の軌道にはおよそ5°の傾きがあり、この差のために完全には重ならず、交差する場所が2箇所できます。
この2箇所のことを「交点(Node / 以下、ノード)」といい、この場合はとくに「月の交点」と呼ばれます。
このうちの「降交点(=月が黄道を南向きに通過する点)」が、西洋占星術における「ドラゴンテイル」です。「サウスノード(South Node)」とも呼ばれます。
もうひとつは「昇交点(=月が黄道を北向きに通過する点)」で、こちらは西洋占星術における「ドラゴンヘッド」となります。「ノースノード(North Node)」とも呼ばれます。
天文学的な意味

日蝕と月蝕は、ノードの付近でしか起こりません。
ノードから離れたポイントで新月や満月が起こっても、天空における太陽と月の高度が大きく異なるために、触にはならないのです。
占星術的な意味
ここまでお読みいただければわかるとおり、ノードは天体ではないために実体を持ちません。そんなノードですが、蝕が起こるポイントとして古くから重要視されていました。太陽と月の蝕は、肉眼で見える天文現象の中でも極めて目立ち、影響も大きいためでしょう。ちなみに、昔は天体だと考えられていたこともあるようです。
「ドラゴンテイル」と「ドラゴンヘッド」という名称は、インドの神話に由来があると言われています。ドラゴンヘッドはあるアスラの切り離された頭(ラーフ)、ドラゴンテイルは切り離された胴体(ケートゥ)であると見なされていたようです。そのような概念が西洋世界に持ち込まれた際に名付けられたようですが、はっきりとした経緯はわかっていません。
このあたりを考察している興味深いページがありましたので、ご紹介します。
特徴
- ドラゴンヘッド / ドラゴンテイル は天体ではなく「感受点(天体のように実体を持たないが占術的に有効なポイント)」として扱われます。
- 常に 180° の関係性を持ちます。つまり、チャート上では必ず正反対に位置することになります。
- 黄道上を移動しています。約18.6年で1周し、元の位置に戻ります。
- この周期は木星の公転より長く、自分の誕生日から前後数ヶ月くらいの人は似た位置にドラゴンヘッド / ドラゴンテイルがあることになります。
- ドラゴンヘッド / ドラゴンテイル が1つのサインを移動する期間はだいたい1年半くらいです。
- 移動方向は、天体とは逆向きです。度数が小さくなる方向に移動していきます。
コンジャンクションとは
天体や感受点が、至近距離に隣り合う状態のことを言います。天文用語では「合」といいます。
表示サンプル
私のネイタルチャートでお示しします。

表示したチャートの第11ハウス(11 という番号がついた領域)をご覧いただくと…

ちょっとヘビを思わせるようなニョロっとした記号と、天体が並んでいます。
ニョロっとしたものはドラゴンテイルの記号。そのすぐ隣は金星の記号です。
金星の記号は、生物の雌を表す記号と同じです。
これが「ドラゴンテイルと天体のコンジャンクション」です。
意味するもの
基本象意
個人の人格を対象とした場合の、ドラゴンヘッド および ドラゴンテイルの基本的な象意は次のとおりです。
- ドラゴンヘッド
- 魂が今世において目指す方向性
- ドラゴンテイル
- 魂が経験してきた前世の傾向・テーマ
このことから、魂の進路方向は、ドラゴンテイルからドラゴンヘッドへ向かっていると捉えられます。
考え方
ノードは前述のとおり、太陽の軌道と月の軌道の交点です。
太陽と月は、西洋占星術において人格の主たる2柱と見なされます。意志やアイデンティティ、今世における人生を示す「太陽」と、気質やインナーチャイルドの他、前世を示すとも言われることもある「月」。その2つが交わるポイントは、いわば魂の意図や旅路を表すとされます。
また、ドラゴンヘッド / ドラゴンテイル どちらのポイントも「業(カルマ / 行いの積み重ね)」に関係すると考えられています。
留意事項
1.前世について
前世とは、魂が今世より以前に経験したとされる人生すべてを指します。「1つ前」だけを指しているわけではないことにご注意ください。
ドラゴンテイルに示されている前世の傾向やテーマといったものが、数々の経験のうちの一つなのか、それまでの経験を総合的に物語るものなのかは定かではありません。
2.善悪・損益観の排除と魂的タイムラインの意識
ノードが「業」に関係すると考える別の解釈として、ドラゴンテイルを前世の善行による恩恵、ドラゴンテイルを前世の悪行による負債とするものがあります。
この考え方は、善悪の評価・損益の解をチャートに求めているものです。また、魂的なタイムラインとしては過去〜現在までが意識されており、かつその基準点を過去の側に置いていると考えられます。
私が採用している解釈は後のセクションでご紹介しますが、善悪・損益観からは離れたものです。魂的なタイムラインとしては基準点を現在においており、ノードを「現在を通貫する過去と未来の軸」として意識しています。
3.他者との「縁」や「集団性」についての解釈
ここではあくまでも、ひとりの個人の人格を対象とした場合の意味について言及しています。他者との縁等に関する解釈は、今回の考察の対象とはみなしません。
発現傾向
「魂が」と書かれていることからご想像いただければと思いますが、通常の考え方や意識感覚では大変とらえにくいものです。
普段皆さんが意識している自我意識そのものではなく、しかし全く関連がないわけでもないもの。どちらかと言えば「無意識に近い領域にある」感覚だとぼんやり想像いただくのがいいかなと思います。
魂を意識できるかどうかは、自我意識の強さ以上に個人差が大きいものだと思います。意識できる人はできるし、できない人はまったくできないでしょう。ただ、その感覚も固定的なものではなく、何かをきっかけに突然意識できるようになることがあります。時期であったり、人生上のイベントであったりなど、そのきっかけの形は様々です。
意識できない人においても、傾向としてとくにドラゴンテイル側の性質は、周囲の人から見ると「ああそうだよね」と感じる場合があるでしょう。魂が経験してきた前世で培った価値観や生きる術が、本人の直接的な意思には関係なく、無意識に滲み出るのです。様々な言動をつなぎ合わせてみると、そのように振る舞っていることがわかったりします。
今回の考察ではテイルにのみフォーカスしますので、ヘッドの現れ方については割愛いたします。
なぜ前世が今世に影響を及ぼしていると考えるのか
世界のあちこちには「魂は転生を繰り返している」という思想があります。
余談ですが、私はこのような思想を「宗教的」という単語で表現したくないと考えています。
いつごろ、どのような経緯で、キリスト教的価値観に覆われた後の西洋占星術に取り込まれたのかはわかりませんが、西洋占星術が生まれたり発展してきた地域にも古くはあったようなので、人間が根源的に持っている思想なのかもしれません。
それはともかくとして、今日におけるノードの解釈が、この「転生」の概念に則ったものであることは確かでしょう。
影響のあらわれ方について
さて、魂が経験してきた前世の傾向やテーマが、今世にどのような影響を及ぼすのかは、人によって異なるようです。
やりきったのか? やりきれなかったのか?
ノードは占星術師によってとても様々な解釈が存在する要素ですが、ドラゴンテイルを前世としてとらえる場合、最大の違いは「やりきった」か「やりきってない」かに集約されると思います。
「やりきった」派の解釈例
- 前世で散々やってきたのでもうやる必要がないこと
- (執着から離れるために)今世で封印すべきこと
「やりきれなかった」派の解釈例
- 前世でやりきれなかったので、再挑戦のために今世へ持ち込んだこと
- (執着から離れるために)今世で完成・解決すべきこと
この解釈を比較した場合、私は後者が相応しいと考えており、実際に後者側の解釈を採用しています。
セッションやリーディングをとおして、また自分自身や身近な人たちの人生経験や成長の経過を見ていると、前者の解釈に説得力を感じないためです。
そして何より、前者の解釈で「ドラゴンテイルと天体のコンジャンクション」を考えると、コンジャンクションしている天体の(ベースとなる)性質を殺すことに等しいからです。
ネイタルチャートというその人唯一の宇宙図に、不要なものなどありはしないのです。
私が採用している解釈
私が現在採用している解釈をここに示しておきます。
- 前世で果たせず、再挑戦のために持ち込んだこと(次のうちのいずれか。実際にどれなのかは人それぞれで、判別は不可能)
- 願い
- 完成しなかった取組
- 解決できなかった課題
- 心残り(後悔)
- 重大な問題を起こしたこと
- 今世で目指したいことの動機
- (執着から離れるために)今世で完成・解決すべきこと
テイルからヘッドへの旅路
ただ、この解釈は人生の捉え方をちょっとめんどくさくするものでもあります。
「魂の進路方向は、ドラゴンテイルからドラゴンヘッドへ向かっている」と前述しました。これはどういうことか?というと…
- 未熟なドラゴンテイルの成長(前世の課題の残り)に取り組む
- ドラゴンテイルを成長させ、限界に到達し「頭打ちになる」
- ドラゴンヘッドを意識し、魂の目的として自発的に位置付ける
- 天井を突き破る(昇華)
- 成熟したドラゴンテイルの性質を適切に使用して、まだ未熟なドラゴンヘッドの性質を磨く
- ドラゴンヘッドを成長させ、魂の旅路を切り拓く
おおまかにはこのようなプロセスになります。
つまり、ドラゴンテイルの成長に取り組むことと、ドラゴンヘッドの達成を目指すことはつながっているということを意味するのです。そして、これが省略できないことがはっきりしてしまいます。
しかし、このプロセスを経てはじめて、ノードの意味は統合され、魂の旅路がその人にとって明確な一本の道となるのです。
「なんかやることが増えた…」と感じる人もいるでしょう。けれど、自分の中のあらゆるものが統合されていく感覚は、そのめんどくささを遥かに超える意義深さを感じさせてくれます。
補足事項
ここで言いたいのは「テイルを無視したままヘッドに取り組むことはできない」という点です。
私がこの考えに至ったのは、とくに現在の夫の成長プロセスを観察し続けたことが大きく影響しています。彼はノードと天体のコンジャンクションを持たない人なので、その成長プロセスとノードの関係性を純粋に観察することができました。
彼はそもそも自分のドラゴンテイルが示す性質を認識できておらず、また発揮もされていないというパターンでしたが、成長するに従って「ドラゴンテイルによって示されている性質を(無意識に)獲得しなおした」ことで、人格が格段に安定しました。
このように、ドラゴンテイルの成長度やプロセスは人によって様々です。すべての人がドラゴンテイルの示す性質に慣れているわけではなく、また自覚できているわけでもありません。
そして、実際の成長プロセスでは、テイルとヘッドはそれぞれ呼応し、互いに補完しあいながら発達していくでしょう。呼応や補完のタイミングはこれもまた人によってまちまちで、人生の前半はテイルの示す取り組みだけ、後半はヘッドの示す取り組みだけとは言い難いと思います。
本題:ネイタルチャートにおいてドラゴンテイルと天体がコンジャンクションしているとどうなるのか
前段の解説がとてつもなく長くなりましたが…ここからが本題!
ここまで解説してきたようなドラゴンテイルに、天体がコンジャンクションすると何を意味するのか?どうなるのか?の考えをまとめていきます。
コンジャンクションしている天体 = 重点課題
次のことが考えらえます。
- 前世から持ち込まれた課題が明確にあり、かつ重要度が高い
- コンジャンクションしている天体が課題に深く関わっている
- 天体が示す事項にまつわる前世のテーマ・体験・成長が中途半端になっている
「中途半端」とは、何らかの理由で発生した苦難による中断、好ましくない発揮、抑圧などが考えられます。

この例ですと、金星が意味することが、前世からの課題に大きく関わっている ということになります。
中途半端で終わってしまったために、今世で残りの体験、テーマの実現、成長を遂げようとしているものの、苦難とセットになりやすくもあります。苦難も同時に持ってこざるを得ないということかもしれません。
オーブ(許容範囲値)について
ノードから黄経 ±17° の範囲であれば日蝕または月蝕が起こります。意外に広い範囲にノードは影響を及ぼしています。
オーブが狭ければ狭いほど、重要度も高くなると感じますが、私は個人天体(太陽〜火星まで)は ±8〜10° くらいであれば影響が及んでいる可能性を無視しようとは思いません。社会天体以降(木星以遠)であれば ±5〜6° などまでを中心に見ることが多いです。
しかし実感として、オーブの有効範囲は対象者によります。
オーブが広くても、自分の内面に対する意識が発達している人はその影響を認識できているし、活用もできています。そして逆もまた然りです。このあたりはセッション時の対話で明らかにしていくのが一番です。
天体の性質の発現傾向
人によって異なりますが、概ね次のいずれかです。いずれのケースでも、対象天体が示す事項について、常に欠乏している感覚を持ちやすいです。
- 発達不足
- ほとんど発達していないか、主体性を伴わない発達をしている。その天体が示す事項についての感覚が麻痺している場合もある。
- 過剰発達
- 高レベルに発達し、問題がないように見えるか、例えば偏りが激しいなど一種の異常性を感じることも。その天体が示す事項について感覚過敏の場合もある。
本人の扱い方の傾向
- 自己認識できない
- 他者意識的に扱う
- 受動的に扱う
- 自虐的に扱う
- 過剰に厳格に扱う
- 過剰に粗雑に扱う
- 他者に投影する
心理的な理由
- 自分が主体的に扱ってよいものだという感覚を持てない
- 成長を続けても充実感・達成感がない
- 劣等感を持つ
- 屈折している
なぜこのような心理傾向を持ちやすいのか?を考えてみたのですが、ドラゴンテイルは「黄道面に対して月が下降するとみなされるポイント」なので、気持ちが沈むという意味合いととらえてもよさそうですし、もっと俗っぽい考え方をすると「課題やらなきゃいけないけど…やっぱだるいなー」とか、「持ち越してしまって情けないな…」とか、魂的にもそういう感じなのかもしれません。過去の嫌なことを思い出すような気持ちになったりもするのかな?
成長プロセス
それでは、ドラゴンテイルとコンジャンクションしている天体を理解し、真の意味でその性質を発揮するにはどうしたらいいのか?について書き出してみます。
1.正しく認識し、素直に受け入れる
まずは、コンジャンクションしているその天体の性質が自分にあるということを正しく認識し、素直に受け入れるところから。
自覚がない場合は自覚を育て、自分が主体的に扱って良いものなのだと自己認識を書き換えます。感覚麻痺がある場合も同様です。人生のあらゆる経験、とくに他者と関わる経験をとおして、最初の成長を体験しましょう。
関わる世界の範囲が狭かったり、関わる他者の人数が少なかったりすると成果が全然出てきません。自ら世界を拡張する意識を持ち、多様な人々との間で行動することが助けになります。
ノードは「縁」を示すポイントであるという解釈がありますが、このことも関連しているのかもしれませんね。
2.失敗し、成功する
何が失敗で何が成功なのか?それを誤解したままにしないために、多くの経験を求めましょう。早熟傾向の場合は失敗を回避する能力も高いですが、避け続けているばかりだと結局自分が本当に求めている成長は遠のきます。
自分の持つ天体の性質を、ストイックに鍛錬するようなイメージです。力もつくでしょうし、キャパシティも広がるはず。そして何よりも「磨き抜かれる」こと。成熟と洗練が大切です。
3.限界を知る
たくさんの経験を積んで成長すると「それ以上成長しない」時がやってきます。
磨かれた力を使って精一杯やってきた中で、ある程度自分が望む人生に近づくことはできているはず。もう少し進めば次のステージに行けそうだと感じているのに、自分をとりまく状況が変わらず、結果も出ず、それ以上先に進めない…そういう状態が続いたら、それが「限界が来た」サインです。
4.天井を突き破る(昇華)
ドラゴンテイルとコンジャンクションする天体は、限界を超えることが必要な天体なのだ ── そんなふうにイメージしてください。
どのように超えるのか?というと、それは「対極の性質を取り込み昇華させる」こと。対極にある性質を強力に取り込んではじめて、その天体の真の姿が完成するのです。
適切な表現かどうか悩みますが… ハイブリッドな天体にするようなイメージでしょうか。

私の例ですと、ドラゴンテイルとコンジャンクションしているのは金星で、♒️水瓶座・第11ハウスにあります。
対極サインは♌️獅子座・第5ハウスになりますので、その性質を取り込み、ハイブリッドな金星にするという感じです。
そもそも、どんな天体にとっても自らの成長において対極サインを意識することは、ドラゴンテイルとのコンジャンクションの有無に関わらず有効です。ドラゴンテイルがコンジャンクションしている天体の場合はこれをより明確に・強力に、そして必ずやらなければなりません。また、同時に向かい合うハウス同士も意識すると、より精度が高まります。
ドラゴンヘッドが天体に呼びかけ、成熟した天体がその呼び声に応えて自らの性質を昇華させることができたとき、魂の旅路がつながるのです。
ドラゴンテイルとコンジャンクションしている天体は、同時にドラゴンヘッドとオポジション(=180°)になっている天体でもあります。これはドラゴンヘッドから見た場合、最も遠い天体であり、自らの目的を果たすために統合が必要であるにもかかわらず、それが最も難しい対象であることを意味しています。それゆえに、魂の主がドラゴンヘッドの示す欲求を意識できず天体に呼びかけられなかったり、呼びかけたとしても天体側がうまく自らを昇華させられなかったりすると、挫折感に耐えきれず、諦めてしまうことも少なくないのではないでしょうか。
ドラゴンテイルとコンジャンクションする天体を持つ人にとって、魂が望む旅の実現は、このフェーズにかかっていると言ってよいでしょう。
個人的な所感:この配置の天体を持った意味

このように、大変なことの多いと感じる配置をなぜ持ったのか?私にはまだはっきりしたことはわかりません。
いろいろな考え方ができると思いますが、「業(カルマ)」の解消を通じて霊的に成長し、解脱を目指す ── というものとは、やはり重要なつながりがあるように感じています。
この配置を持つ多くの人が、その天体の性質の発現において(自分を含めて)とりわけ長い間欠乏感や違和感、不自由感や不達感などを生々しく感じているような様子を見ていると、そう思わずにはいられません。
※もちろんこれらのような感覚を持つことが多い天体配置は他にもあります。この考察においてはあくまでも、議題としている特定の配置にフォーカスした場合のことを意味するものであり、この特定の配置以外には前述の感覚を持つことがないという意味ではありません。
「魂」とは何か?とか「霊」についての議論が必要な部分でもありますが、人間というものは太古から実に自然に、それらは目に見えなくとも存在すると考えたり感じたりする素地を持っていたのだと思います。そうでなければ現在の世界に多くの宗教は存在していないでしょうし、そんな多くの宗教たちの母体となる自然崇拝も生まれていないでしょう。そもそも「自分たちを超越する何かが在る」という意味での「信仰」という精神活動すら見出せていないはずです。
「魂」とか「霊」という概念や感覚を持つことは、人間の精神面に備わった本能の一種 ── そんなようなものなのかもしれません。
おわりに
この大変長い長い記事を、ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ひとつひとつの項目を整理しながら書き進めてみたところ、いつも以上に大変長い記事になってしまいましたが…いかがでしたでしょうか?
冒頭でご紹介した最初の発言からはもう2年近くが経過しようとしていますが、ようやくまともな分量の文字に変換することができました。考察のクオリティとしてはまだ甘さを感じていまして、完成形とは言えないのですが…同じ配置を持つ方や、同じ配置を読み解くのにご苦労されていらっしゃる方へのヒントとして、ある程度機能してくれればいいなと考えています。
記事内でもご紹介したように、私自身もこの配置を持つ対象者の一人です。そして現在まさしく「昇華」を成し遂げる時がやってきているのだと痛切に感じている毎日を送っております。これは誇張でなく、文字どおり毎日なのです。しんどかったり、気を取り直してみたり、少し風が通って光明が見えるような感覚があったり、また揺らいだり。騒がしかったり、静かだったり。そんなことを繰り返し続けています。
自分の辿るプロセスを踏まえたり、今後のセッションやリーディングの積み重ねによって、また新たな発見があったり、論考の精査が必要になることが必ず出てくるでしょう。しかし論の完成を待っていても、その訪れはおそらく人生終わりの時でしょう。現時点での論を提示しなければ、これ以上は自分の人生も進まないような気がしまして、思い切って書き、公開しました。
メッセージ:お伝えしたいこと
ずっともがいてばかりいるように感じる…人生とはそういうものだと捉える人も少なくないでしょう。もがいているように感じるということは、何もしていないわけではない。けれどそれが確かに、十分でなかったり、的を射ていないものだったり、相応しいものではなかったり…そういうことはあるでしょう。実に悔しいことですが。
けれど…

前世で成せなかったことを今世に持ち込んででも、あなたの魂はそれを成し遂げようとしているのだ ── そう考えることもできるでしょう。ドラゴンテイルと並ぶ天体は、その決意を示す何よりの証ではないでしょうか。
まるで、己の魂が転生しても忘れないように、見えない旅の途中でも無くさないように、自らに刻みつけてきたような。
そうだとすれば、その魂は明らかに「生きよう」と、「生き切ろう」としている。私には、そんなふうに思えてなりません。
重大な課題ゆえに、現実の人生の中では重くまとわりつき、呪いのように感じられることもきっとあるでしょう。そんなときに「ああ…そういえばあんなふうに言ってる人もいたなぁ…」と、一瞬思い出していただけるような記事に、これがなっていれば幸いです。
前世の出来事を思い出すことは、してもいいし、できなくてもいいことです。あなたにとって必要だと思えば、方法がないわけではないし、その中で見つかるカギもあるでしょう。
思い出せなくても、何も問題はありません。持ってきたその性質を受容し、運命を肯定し、輝かせること。その実現こそが大切なのです。
私ができることは、この記事をとおして、この天体配置をもつ方々に輝きを取り戻すための気持ちやきっかけを取り戻していただけるよう願うこと。そして、もしご自身の天体が持つ意味を深く知りたいと願われた場合に、セッションを通してそれを明らかにすることです。
できることは多くない。けれど、どなたかの人生を拓く兆しになれば、うれしく思います。

それではこれにて、今回の考察を終わります。