ちょうど1年前の夜明けごろに見た夢。
私は激怒していた。
激しく怒りをぶつけていた。
ぶつけている先にいたのは、その時とあるプロジェクトを一緒に進めていた人だった。
「私の大切な人生の時間をよくも無駄にしやがって!」
怒りながら、泣いていた。
そして次に言っていたことは
「占星術師は、私が唯一、自分でなりたいと思ったものだ。それを…」
はっきり覚えていたのはこれくらい。
けれどそのあと目覚めた私は、夢の中と全く同じ状態で泣いていた。
私はこの夢によって、
占星術師というあり方が、自分が唯一自分で望んだものだということを「思い出した」。
20歳の時、それは文字通り自分の中から湧き上がった願望そのものだった。
瞬間的に湧き上がり、瞬間的に言葉にした。その時目の前にいた人に向けて。
相手の人は全く知らない人だった。
湧き上がった「その瞬間」とは、とある自己啓発セミナーのワークの真っ最中であり、そのワークのテーマが「自分のやりたいこと・なりたいものをペア相手に話す」ことだったのだ。
そのセミナーでは、参加者の素性を一切知らないまま過ごすというルールがあった。だから相手の名前も年齢も職業も皆お互いに知らない。そして、そういう条件で行われたセミナーの中では、相手そのものの記憶が残りにくい。現に、性別すら覚えていない。
いずれにしても、セミナーでの発言の記憶はずっとあったけれど、それが自分にとって「唯一の」明確な理想像だったことには、その夢を見るまで自分でも全く気づいていなかった。だから「思い出した」という冒頭の表現が少し微妙な気もする。けれど、よくよく過去を振り返ってみると、他に明確な理想像として自分が望んだものはひとつもなかった。そのことを「思い出した」のである。
以前Blogに書いたように、それまでの生育環境を理由として、私は自分の願望をことごとく棄てながら生きていた。確かに、それはそんな自分が唯一もった極めて明確な願望だった。
途中の人生の中で十数年全く意識しなくなっていても、一つのきっかけによって見事に蘇ったのは、そのひとつの証左だと思う。
不思議だなと思うのは、夢を見た日の天体配置だ。
その夢を見た日は、その日の午前中、自分の出生図(N)の海王星に対し、天空の経過図(T)の海王星がちょうど91°の配置を形成した日だった。
私はそれまで、自分の出生図内の海王星をほとんど重視してこなかった。天頂付近でカルミネートしているにも関わらず。
♐️射手座であり・第9ハウス側にあるため「理想を遠ざける / 遠いものとしておく」という意味で使っていたと考えられなくもない。しかし「高すぎる理想を追求する」方向に使うのが、恐ろしかったからである。
ただでさえ自分が理想追求型の個性だとわかっている。だからそのスイッチを入れたら、もう現実世界の枠内には適応できず、どうやって生きればいいのかわからないのだ。
けれど、結局1年前、海王星は泣いたのだ。
この人生において「高すぎる理想を追求する」ためにそこに配置されたはずなのに、その配置の持ち主はいつまでもそれを全面的に認めることができなかったから。
今日これを書き留めておこうと思ったのは、何の因果かわからないが「N太陽 = P月」の配置を、今日迎えるためである。
※ソフトによって異なるようなので、AMATERUでの算出だと追記しておきたい
自分の体内での新月が、あの夢とちょうど同じ日に起こるということを、雑にただの偶然と片付けたくはない。
成立の瞬間を秒単位で探してNPT3重円を作成したら、信じられないような図になった。今の自分の状況と全く正反対の印象しか持てない図であったから。
…と書いてみて、ふと思った。
よく考えたら今日は T太陽-冥王星がちょうど90°になる日で、体内新月成立はそのジャスト時刻の30分後あたりだったはず。ということは…
「現時点の状況は最悪だよ。それをあり得ない力や方法で根こそぎ作り変えてね!」
かな…
しかし「あり得ない力や方法」って何やねん…
配置自体は「ネタなのか?」と思うくらい出来すぎているので、ここは占星術関係者向けに、素直にネタとして貼っておきたい。生身の人間は沈みきっているのに、チャートだけが悟空ばりに「オラ、ワクワクすっぞ!!!!!」と言っている。何なのこれ。


書き初めのときは結構悲痛な気持ちで書き出したけれど、ふと思ったあたりで突然気持ちが切り替わった。
出してみることが大事だったのかな。恥だけど。
締め方がわからなくなってしまったけれど、いい加減長いので、一旦ここで筆を置きます。